BLACK/NOTEのメンバーとして強烈なイメージとともにデビューを果たして以来、ロスアンゼルスを中心に活動しているアーク佐野氏はもっとも優れたジャズピアニストの一人という評価をジャズシーンで維持している。
「JUNGLE MUSIC」(コロンビアレコード)を含む4枚のBLACK/NOTEのアルバムのほか、幾多のCDに参加しており、最新リリースである彼のピアノトリオ・リーダーアルバム第二弾 「IN STORM, IN BREEZE」は各地で好評を博している。アメリカ全土で幅広くライブ活動を行うかたわら、テレビ・ラジオ等のメディアでも演奏し、ノース・シージャズフェスティバル、JVCジャズフェスティバル、モントリオールジャズフェスティバル,モンタレ―ジャズフェスティバル,ヴィットリアジャズフェスティバルを始めとして、実に多くのフェスティバルにも出演している。

 URB誌は、「ピアニストアーク佐野のプレイのエネルギーとスピードは圧倒的である...数学的正確さと先例を見ないジャズハーモニーの能力でソロを力奏する」と語り、L.A. JAZZ SCENE誌は「コントロールと熱情をあわせ持つ、技術的にも熟達した驚くべきミュージシャン」と評した。OTTAWA CITIZEN紙も「モーダルなアップテンポにおいて、目もくらむようなテクニックと優れた流動性を示す」と書き、レナード・フェザー氏は、LOS ANGELES TIMES紙にて、「急速なシングルノートラインから巧妙な和声の使い方まで多様なアイデアを見せる」と絶賛した。SACRAMENT BEE紙は「バラードにおいて素晴らしく優しい和声でコード進行を操る」、L.A. READER紙は「特に目を見張るべき」、L.A. WEEKLY紙は「マッコイ・タイナー風コードや広がる波紋の様なサウンドで繊細な和音構造を語る」と評した。

 幼い頃からオルガンを弾くことを遊びの一つとして音楽に慣れ親しんできた彼に才能を見て取った両親は、彼が12才のときに電子オルガンを買い与えた。2年もしないうちにレコードから聴いた曲を自分なりにアレンジして演奏するまでに上達し、友達とフォークやロックのバンドを組んで演奏活動を始めるが、16才の時、ベートーヴェンやモーツァルト、ショパンなどのクラシック音楽に魅了されピアノに転向。高校を卒業後レストランなどで演奏し始めると間もなく地元のジャズミュージシャンに見出され、プロとして活動しながらジャズのとりこになってゆく。その後自己のコンボバンドを率いて岐阜及び名古屋のジャズクラブに出演し始め、若手の新鋭ジャズピアニストとして注目を集めるが、より高いレベルを目指し渡米を決意、バークリー音楽院に留学する。奨学金を得た彼は、アンサンブルチームやプロジェクトバンドで活躍するかたわら自己のバンドをはじめとする多数のグループでリサイタルを行う。又、1989年セロニアス・モンク国際ジャズピアノコンクールに出場しファイナリストに名を連ねる。翌年バークリーのジャズ作曲科を首席で卒業し、ロスアンゼルスに居を移す。その後レストランやバーなどで演奏するかたわらジャムセッションに参加している時、 "BLACK/NOTE" のメンバーと知り合い、レギュラーメンバーとなる。現在彼は自己のジャズトリオやソロピアノの活動に情熱を注ぐ一方で、ピアノ曲のほか弦楽四重奏を含む様々な室内楽の作・編曲およびコンサート・リサイタルを行い、楽曲を提供している日米室内楽団の音楽監督・指揮者のほかSymphony 47 およびパリサデス交響楽団でもアシスタント指揮者を務めるなど、ジャズ以外の分野でも様々なプロジェクトや活動に意欲的に取り組んでいる。


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